明日は我が身かもしれない
数か月前、町内に住んでいた高齢のご婦人が亡くなられました。
その方はバツイチのおひとりさまで、お子さんはいませんでした。
市内に住む甥御さん夫婦が時々様子を見に来て、買い物に連れて行ったり、頼まれたものを買ってきたりしていたようです。
甥御さんは3人。
1人は市内在住で、残る2人は県内の別の場所に住んでいます。
ご婦人が亡くなられた後、さまざまな問題が表面化しているようです。
まず、預金通帳などの金融資産の所在がはっきりしないとのこと。
お金がまったく残っていないという話も耳にしますが、それが事実なのかどうかは分かりません。
もしかすると、生前に面倒を見ていた甥御さんに渡していたのかもしれませんが、あくまでも想像の域を出ません。
一番大きな問題は、不動産の処分です。
住んでいた家とは別に空き家があり、建物は2棟。
空き家の解体費用だけで約500万円かかるそうです。
仮に甥御さん3人で負担するとしても、決して軽い金額ではありません。
しかも、解体費用以外にも家財の整理や各種手続きなど、やらなければならないことは数多くあります。
さらに、その家と空き家の両方が物であふれている状態だとか。
片付けだけでも相当な労力と時間が必要でしょう。
もし十分な預貯金が残されていればまだ救いがありますが、本当にお金が残っていないのだとしたら、相続人にとってはかなり厳しい状況です。
そんな話を聞いていて、ふと思いました。
空き家のほうだけでも、元気なうちに処分することはできなかったのだろうか、と。
もちろん、思い出の詰まった家を手放すのは簡単なことではありません。
体力や気力の問題もあるでしょうし、先延ばしになってしまう気持ちも理解できます。
それでも、亡くなった後に残された人たちの負担を考えると、やはり早めの整理は大切なのだと感じます。
私も、子どものいないおひとりさまです。
だからこそ、この話は他人事ではありません。
財産の整理、家の処分、身の回りの片付け。
「そのうちやろう」と思っているうちに時間は過ぎていきます。
自分が元気なうちに、少しずつでも身辺整理を進めておかなければ――。
そんなことを改めて考えさせられる出来事でした。
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